相続税が払えない

Img_8bf36be64e16c8982a757a8478831632
 前回触れた「相続税が払えない」について、ちょっと補足を。
 日本画家奥村土牛の四男勝之氏が書いた「相続税が払えない」。
 なんだかミもフタもないタイトルですけど、じつはサブタイトルがもっとすごくて、「父・奥村土牛の素描を燃やしたわけ」。刺激的というかインパクトのあるサブタイトルでしょ? 
「エーッ、土牛の素描燃やしちゃったの? も、もったいない!」とたいていのひとは思うでしょうし、こんなタイトルの本が本屋に平積みにされていたら、思わず手にとってしまうことうけあい(出版社の狙いもそこにあったんでしょうけど)。
 佐久穂町立図書館でこの本を見つけたわたくしも思わず手にとってしまったわけですが、結論からいうと、燃やして灰になったのは「(遺族が)クオリティの低い、作品になっていないと判断したものだけだった」ようで、それを知って少しホッとしました。
 しかし、高名な芸術家を持った遺族が相続税でいかに苦労するか、この本を読むとそれがよくわかります(と同時に、この本は現在の相続税制の批判の書にもなっています)。相続税というのは死後6カ月のあいだに申告・納税しなければならず(平成8年の税制改正から申告・納付期間が10カ月に延長)、土牛の死後、遺族はまず土牛の遺した厖大な作品の整理に忙殺されます。
 美術品の場合、画商の団体である東京美術倶楽部が国税庁の委託を受けて監査をし、相続税評価額が決まります。そして、その評価額をもとに相続税額が算定されます。
 ただ、この監査というのがいろいろあるらしく、勝之氏たち遺族は美術品を相続した人たちからいろいろと情報を仕入れます。いわく、東京美術倶楽部の人と事前によく話し合って、手加減してもらえるようにするいい。あとで厄介なことになりかねないから黙って監査を受けたほうがいい。画商のなかには、評価額を低く見積もった見返りとして、あとから作品を安く譲らないかと持ちかけてくる人もいる……。またスケッチについては、一山いくらという感じだったというひともいれば、ていねいに枚数を数えて、一枚一枚に対して評価額をつけられたというひともいる、などなど……。
 しかし、勝之氏たち遺族は、そうした情報に左右されずこう決断します。
「われわれの相続税の負担を軽くするために作品の評価額を低くしてもらうように算段すれば、結果として、世の中での父の作品の評価そのものを下げることになる。それでは、画家奥村土牛に申し訳が立たない。それは父が大切に保存していた他の画家の作品( 土牛の師である小林古径や速水御舟の作品を始め、画壇の仲間だった著名な画家たちの作品もたくさんあった)に対しても同様である」。そしてスケッチ類に関しては、「われわれの目から見ても作品になっていないものは捨ててしまおう、また、今後、世の中にでた場合、画家奥村土牛の評価を下げるようなクオリティの低い作品も捨ててしまおう。可能なかぎり、無用な相続税を納めなくてすむように努力しよう」。 
 そして、兄姉七人が手分けをして厖大な作品の整理を開始します。
 まず、遺族が手をつけたのは、土牛の作品を多くが収蔵されている山種美術館(東京)。ここには土牛名義の作品もあり、それには当然相続税が課せられるからです。ただし、相続税の納付期限の6カ月以内に美術館に寄贈すれば、相続税の対象から外されます。そこで遺族は「醍醐」「大和路」「朝市の女」「蓮」「茶室」など八点の本画(彩色がほどこされた絵)を山種美術館に寄贈します。
 その際の八点の作品の評価額の総額がいくらだと思います? 
 なんと3億5千万円! 
 これをそのまま奥村家の所有としていたら、3億5千万円の評価額にかかる相続税を支払わなければならなくなるわけです。
 そして次に手を付けたのが、素描作品やスケッチブック。土牛は筆の遅い画家として知られていましたが、百一歳で死ぬまで描き続けていたため、スケッチの量は厖大でした。素描作品のうちとくによいものは、土牛の死の3カ月半前に完成した八千穂村の奥村土牛記念美術館に寄贈していましたが、かなりの量が家に残っていました
 おびただしい量のスケッチを整理する過程ではひとりだけでは判断できず、兄姉間で、
「これ、どうしようか」
「よくないから処分したほうがいいよ」
「せっかくだから残しておこうよ」
 といった会話がしじゅう交わされます。
 そして、あらかた部屋が片付きはじめたころ、著者は燃やすべきスケッチの山を裏庭の焼却炉のなかにつぎつぎといれていきます。焼却炉に火をつけたのを知った他の兄姉たちも、スケッチ類の束を焼却炉のそばに運んできます。
「真っ赤な炎のなかに、黒い鉛筆の線や鮮やかな絵の具の色が見えるのが悲しい」
 なんとも哀切なつぶやきです。そして著者は燃えていく父・土牛の素描を見つめながらこう思います。
「絵は父の魂だ。たとえ一本の鉛筆の線であれ、一筋の筆の線であれ、それはすべて父が『作品』と呼べる絵を描くために必要なプロセスだったのである。未完成だから、失敗作だから、下絵だからと勝手に判断し、そうして焼いていくことは、やっぱり僕たちにとっては不本意なことなのだ」
 そうして著者はひたすら焼却炉のなかを火掻き棒でかき回し続けます。
 やがて、土牛の遺作として衆人の前に出してもいい、と判断した素描やスケッチ類が残ります。そしてある日、国税庁からの委託を受けてやってきた東京美術倶楽部の担当者は、しばらく作品の山をながめたあと、「一山まとめて1千万円」という評価額をつけます。
 その場に立ち会えなかったという著者は「(担当者は)その量に圧倒されて、とてもなかを見たり、数えたりする気にならなかったのであろう。ぼくはスケッチ類の評価額が思ったよりも少なかったことに安堵したものの、これまでの苦労に比較して何とあっけないもの、そして何と安易な評価の仕方だろかと思わざるえなかった」と書いています。 
 結局、奥村土牛が遺した作品の相続税評価額は4億1220万円。多いのか少ないのかよくわかりませんが、これに宅地や現金・預貯金などを合わせた総額は22億8981万3千円。この額をもとに算定された相続税額は4億7133万9700円でした。
 お金のことを含め、そこまで書いちゃっていいの? と心配になるくらい勝之氏はこの本のなかですべてを公開しています。相続をめぐって兄姉間に起こる確執や、家族崩壊の危機まで洗いざらい書いています。現在の相続税制を批判するためには、すべてをオープンにする必要があったのかもしれません。そういう意味では、この本は非常に肚のすわった本ともいえます。 
 しかし、この相続税に著者はおどろきます。
「なんと約4億7000万円である! しかも6カ月の申告期限までに納めた場合の相続税額である。もちろん納められるわけがない。とりあえず延納の手続きをとるしかない。利子税がかなりの割合で加算されるが、それもしかたがない」
 相続税を納めるために絵を売ればいいのでは? 門外漢のわたしたちはついそう思ってしまいますが、それについて勝之氏はこう説明します。
「たとえば遺品のなかから市価1億円の絵を売ったとすると、約半分が所得税としてとられ、30%が相続税として取られる。残りの20%が利益となるはずだが、買う側も足下を見て値切ってくる。売ると損するほどなのである」
 物納にしても、「結局、税務署は画商たちに美術品を処分させ、お金に替え、税金として国庫に入れていくだろう。当然ながら美術品は散り散りになり、日本の文化に与える損害ははかりしないないほど大きいはずだ」と否定的です。
 そして勝之氏は、美術品の相続に関する新しい税制を提案します。
「それは美術品の相続登録制度だ。画家やコレクターが亡くなったとき、その家族は本人所有の全作品内容を税務署に申告するのである。その後、作品が売れた時点で、一定の額の所得税と相続税を納めるようにしたらいい」
 相続税を納めるためにまさに血を吐くような苦労をした著者だけに、この主張には説得力があります。
 しかし、もし土牛さんが焼却炉のそばいたら、「あっ、そいつは出来はわるいけど、燃やさないでくれ〜」という素描がいっぱいあったかもしれませんね。(写真は、奥村土牛100歳のときのものです)
(2009年9月28日記す)